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生徒さんのピアノコンクールへの参加を顧みて

昨年の夏から年末まで、二人の生徒さん、小学校5年生一人と高校一年の生徒さんがコンクールに挑戦しました。

コンクールが増えていて、参加したいというお子さん、参加させてみたいという親御さんが沢山おられますが、私も挑戦は素晴らしい事だと思うことについて書いてみたいと思います、




一人は本当に日本に来てから2年目で初めてのコンクール、全国大会本戦までで入選。もう一人は高校一年生になったばかりで、高校生レベルになると、入選はなかなか大変(音楽の専門学校に進学する人たちも参加するので)で 全国大会の手前まででしたが、二人とも、本当にコンクールに挑まなければ成し遂げなかった大成長を遂げました。


  高校生の生徒さんは飛び級をしている人で、来年は大学受験に取り掛かるので、コンクールはもう受験しませんが、アメリカの大学は内申書にピアノ(楽器)の演奏のビデオなどを受け付けるので、

今は内申書と共に提出するビデオ録画の為、新たな曲を練習しています。






彼女の場合はクラッシックやスタンダードな曲を弾いても、他のピアノに全てをかけている参加者と比べて特に映える演奏をできる実力を備えているとは思えなかったので、選曲には、高校一年生でこんな難曲を!と思われるような難しい曲に挑戦しました。テクニック的には全部弾ける様になりましたし、それだけでもかなり大変な事でした。


細かい音楽的な事は,まだまだでしたが、年齢なりにはかなりまとめる事ができる様になりましたし、この大曲を立派に人前で何度も弾き切ることもできるまでになっていたのですが、最後本番の直前にご両親と口論になって、その事に対する感情のコントロールができなくて、集中できなかったそうで、大変残念なことでした。


しかし、思い返すと、この大曲をコンクールの為に仕上げることで、彼女のテクニックや譜読み力、譜読みに対する注意力の払い方などが格段に上がったこと、多分彼女の一年半分ぐらいの上達を遂げたと思うのです。



コンクールに参加する事は賞を取る/入選することだけではなく、メンタルを強くすること、目標に向かって努力をする事(彼女の場合は高校生のコンクールに入選するレヴェルの練習量ではありませんでしたが)など学ぶことが

それは沢山ありました。




親御さんも子供さんも入選しなかった場合や思うような結果が出なかった場合に

自己価値を下げてしまわずに、立ち直れる事(受験と同じ) 次のステップへ進める事。がとても大事です。


親御さんが子供さんを暖かく見守ってあげること、

練習過程では厳しさも(毎日の練習をすること)必要です。





もう一人の小学校5年生の生徒さんは、本当に仲々どの本番でも揺るがずに良い演奏をする事ができて、そして格段のレヴェルアップをする事ができました。入選と入賞の差は実力だけではないこともありますが、しかし、彼女も

確実に一年分以上ぐらいの上達を遂げました。

そして、今年もまた挑戦したいと、それももっとレヴェルアップした曲を携えてと言っています。



この二人の成長ぶりを見て、人は誰でも 目標とその目標に達するための 努力とそれに伴うストレスを味わって、初めて大きな成長を遂げるのだとつくづく思いました。タイムマネージメント、計画性、自己コントロール、イメージトレーニング、も必要です。コンクール参加はそれらの、全て人生において必要な事を学ぶ良い機会だと思います、



5年生さんの準本選での演奏。表現も思い切ってできる様になり、堂々とした演奏をされました!これからの成長が楽しみです!



ですから、コンクールや発表会で、大変嫌な思いをして、という方(大人)がよくいますが、それは、もしその様な思いをしたとしても、それから立ち直れる様なメンタルを作る事、そしてピアノを習わせて貰えたことは感謝すべき事です。誰もがやらせてもらえる訳ではないから。音楽のレッスンを受ける(受けた)事はpriveledgeです。



それが  親に強制されて、ピアノをやらされて、発表会で嫌な思い出になって、とご自分の過去をはにかんでお話になる親御さん(大人)に良く出逢いますが、その親御さんの子供さんへの姿勢も確かに悪かったのかもしれないのですが、過去の苦い思い出を引きづって、それを消化/昇華できずに誰かを責めるのも、その姿勢も子供っぽいものだと、今は私も思います。



それは誰も彼もが音楽に向いている訳ではないですし、ステージでの緊張度なども人によって異なります。練習が嫌でも、頭の良い人 子供でも大人でも、器用にやるべきことはすることは可能なのですから、うまくできなかった思い出は、何をするのであっても、次へのステップに利用するべきであって、誰かのせいにしてはいけないと思います。


それは私にも頭の痛い言葉であって、やりたいというからとことんまでやらせてもらったのに、なんでそんなに大した才能でもないのに、私を甘やかして音楽に進ませたのか、となぜもっと実務的な仕事をさせる様にしなかったのかと、親を恨んでいました。今、自分でもこの文章を書いていて、それがどんなに責任転嫁であるかということに気づいています。笑笑


コンクール挑戦でも、mindfulness(誠意と愛)を持って取り組み、集中すること、を学び、栄養にしてゆくこと、その姿勢をお教えするのが私の役割だといつも思っております、







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