輸入楽譜/ Imported music score

昨日表参道河合楽器の楽譜売り場に、古くなった輸入楽譜の在庫の(殆ど投げ売り品もあり)のボックスがあり、お買い上げを想定しながらの買い物。楽譜を手に取りながら楽しくて、1時間以上もそこで過ごしてしまった。レジで支払いをしようとすると、お店の方が”本当に有難う御座います、困っているんですよ。もう20年以上も在庫になっていた楽譜で!”とやたら感謝され、自宅まで発送までしてくださると。私は、いずれにせよ一週間に一度表参道の教会に行くし、ポイント二倍セールで、現地で買っても同じ値段かそれ以下になったので、嬉しくて。若い頃はどんどん楽譜を買っていたが、今は弾かないであろう曲は買っても仕方がないし、ダウンロードできるものもあるし、日本では輸入物は超高いので絶対に買わないのだが、時々原典版は必要になります。久しぶりに沢山の楽譜を手にとって、読みながらワクワクする経験をした。本屋さんでワクワクと同じ気分だと思う。処分セールは選択支が少ないからできる事。
よく考えてみると、古くなって日焼けしたりしている洋書で、解さない外国語だったら、私にとってそれはインテリアかゴミでしかない。Flea marketでわかる人の目に留まらない限り、ただの紙だ。虫に食われてしまう。でも、音楽家の目に止まると、楽譜は音を立たなくても、頭の中で想像の音の波が2D, 3Dに広がる、宝の元の紙なのだ。書物でも同じことだろう。
最近歳をとってきたせいか、本当に頭の中で組み立てられる材料=想像力 の価値をつくづく感じる。虫に食われてしまうもの、人災・天災で失われてしまうものへの興味が薄れる。あるホロコースト生存者のピアニストの父親が、彼女がアウシュビッツに送られる前に娘に全て暗譜して行け、頭の中に音楽があれば取られることはないと言われたという記事を読んだことがる、"Le Orchestra"という映画の中ではバイオリンを取り上げられ、シベリアに送られたバイオリニストが凍えながらが、バイオリンを弾く動作をしながら自分の中で音を想像し、暫しの幸福に浸るシーンがあった。頭の中で音楽が鳴らせる幸福や言葉を操って詩を製作したりする能力は 誰もその人から取り去ることはできないし、またいつか科学雑誌の記事で読んだことのある、人の存在なしでも宇宙に永遠に存在する”天に通づる"音楽"に通づるところがあると思う。よくわからないフシギ。
あとで英語でも書こうかな?